【続・中日ドラゴンズ日本一】落合監督の采配を批判する人に問いたいこと
昨日の落合監督は間違ってないのエントリー続きです。
まず最初は落合監督が現役時代の巨人・中日戦の1シーンから。
9回裏、完全試合が幻と終わった事で巨人・斉藤はプッツリと糸が切れたように調子を崩し四球で二人目の走者を出してしまいます。
そして、迎えた落合の打球がサヨナラホームランとなりそのままゲームセット。
自らのバットで斉藤の大記録の夢を悪夢に変えた落合という監督は勝負事の恐ろしさをよく知ってます。
彼が第5戦で監督として山井を交代させたときに、この時の事を思い出したとは思いません。
しかし、もし山井が打ち崩されれば名古屋のファンたちの前で日本一を決める事が出来なくなるかもしれないとは考えたはずです。
優勝決定がかかる試合、本拠地のファン達の前でノーヒットノーランへの膨らむ期待、90球近い投球で蓄積される疲労、点差は1点。
これほどの条件が重なっている中、もし9回で完全試合に失敗すればそれまで張り詰めていた糸が切れたように試合のムードが一挙に変わるのが予想できます。
すでに初戦を落としていた中日にとっては名古屋のファンの前で日本一を決めるラストチャンスがあの試合でした。
個人の大記録と名古屋のファンの前での日本一、落合自身のかつての経験も加味して考えれば彼の判断はやはり正しかったと僕は思います。
あそこで山井がマウンドを降りて岩瀬に繋いだ事によって山井個人の大記録はチームによる大記録になりました。
中日ドラゴンズによる完全試合での初の日本一決定です。
それを生み出したのが山井という投手の力のこもったプレーであることは誰もが知っています。
山井の名前は記録には残りませんでしたが、野球を愛するすべての人の記憶に刻み込まれたと僕は思います。
53年も待ち続けた名古屋のファン達の前でのチームによる完全試合での日本一決定はそれほどに価値のない事なのでしょうか?
そもそも、采配批判は代えなければ完全試合が成立して名古屋で優勝した事を前提としているように思えますが、野球は相手がいて成り立つスポーツ。
ファイターズファンの僕としては馬鹿にするなと言いたい。
前項で書いたように札幌での優勝と名古屋での優勝はまったく違う物。
昨年、落合監督と中日ナインは満員のファンと共に歓喜に沸く日本ハムの選手達を目の前で見ているんです。
今ここにいる名古屋のファン達の前で日本一を勝ち取る事の重みを誰よりも監督と中日ナインは感じていたはずです。
采配批判をしている人たちに問いたい。
地元名古屋においてチーム全員で成し遂げた完全試合による日本一決定と個人の大記録はそれでもやはり比較にならないほどに重みが違うというんでしょうか?
本当にそうならばビールかけで満面の笑みで岩瀬さんに投げてもらいたかったと言った山井のあの言葉は嘘だというんですか?
昨年の札幌でのファイターズ日本一の感動を知っている人間としてはとてもそうは思えません。
守護神岩瀬が完封して日本一を決めた事で山井はきっと満ち足りた気持ちでいっぱいだったと思います。








