『風林火山』第46回 関東出兵 ・ある愛の物語
録画した風林火山を見た。
ついに出た。というか出てしまったw
劇中でなかなか触れないな~と思ってた高坂弾正の伝説のネタ。
ついに炸裂w
劇中よりセリフ引用
勘助「ところでお主、年はいくつになった?」
弾正「34にございます」
勘助「その年まで妻を取らぬとは何ゆえじゃ?」
弾正「なにゆえ・・・と言われても・・・」
勘助「女人に心を惹かれぬか?」
弾正「さような事はござりませぬ!
それも、御館様に一途にお仕えする山本様に見習っているのかもしれません」
勘助「それは良い」
言い終わる時の弾正役、田中幸太郎の微妙な笑みにつられてしまった。
このネタスルーするのかな~と思ってたが今年の大河のスタッフはさすがやってくれる。
ファンの期待を裏切らないw
この会話のネタもとがわからない人でも、なんかあまり触れてはいけなそうなアブナイ背景がある空気は十分に感じ取っていただけたはずw
いちおう、詳しく説明しておきますと…
高坂弾正(昌信)は武田信玄の愛人ですw
源助と名乗っていた少年時代から御館様との間に愛を育んでおりましたw
武人としても政治家としても傑出した名将で信玄死後まで武田家を支えて行きますが、もともと百姓の子であったのが最重要拠点の海津城を任される程に出世したのも肉体の結びつきを通じ圧倒的な信玄からの信頼を得ていたがため。
このネタはドラマではもう触れないでしょうが、なぜこんな恥ずかしいネタが現在に伝わっているのかというと…
武田信玄が浮気をして高坂弾正に送った弁明の手紙が残っているためですw
これニヤニヤしながら脚本書いたんだろうな、きっとw
日本史に疎くてBL好きな腐女子はあのシーン見たら妄想を膨らませるんだろうが、まさかその妄想が歴史的事実だとは思うまいw
明治時代にキリスト教に基づく同性愛を忌避する考え方が西洋から入ってくるまでは男x男は別に特別な事じゃありませんでした。
仏教と同時期に入ってきた女犯という考え方があって、いわゆる女断ちですが代わりに男でってのが徐々に僧侶から貴族や武士といった感じに広まっていきまして戦国時代には男色はノーマルな行為です。
それどころか武家の嗜みとすらされてました。
武芸に秀でた美少年は主君と共に戦場を駈けるだけではなく、戦場における性欲処理も仕事としていました。
側近中の側近なんですね。
織田信長と前田利家・森蘭丸とかが有名ですし、上杉謙信も直江兼続との関係があったという説があります。
有名な戦国大名で男色をしてなかった事が確実なのは豊臣秀吉くらいのもんです。
ちなみに秀吉はとんでもない女好きだったので手を焼いた家臣が、少しは自重するようにと代わりに美少年を差し出したところ、少年に「そちに姉はおらぬのか?」と聞いたという話が残ってたり。
今週の風林火山ではもうひとつ気になるシーンがありました。
北条攻めのさなか景虎が銃弾・矢の雨の中で悠々と酒を飲んで見せるシーン。
あれはなんかATフィールドみたいなもんでも張ってるんだろうかw
Gackt謙信じゃないとあれは出来ないだろうな。
元になったのかはわからないけど謙信を矢が避けて飛ぶみたいな話をなんかで聞いた事がありますが、あれってなんかの記録に残ってるんでしょうか。
マニアだけがわかるようにそれとなく差し込まれたネタが風林火山には多いですね。
二・三週前には、勘助が使者をして武田に従ったとかいう市川家のネタもあったし。(市川文書)
今週、最後に関東管領の就任パレードで出てきた成田長泰。
映像で見るとさすがに空気読めない感が強いですわ。
上杉謙信の関東出兵失敗の原因となり謙信の評価を貶める事になった長泰シバキ倒し。
藤原氏の流れをくむ超名家で平安時代に源氏の棟梁だった八幡太郎義家(源義家)に馬上から挨拶する事を許されていた故事から、あのような態度を取っていた訳です。
越後から来た景虎は知らなかったみたいですが関東ではそれくらいの名家として通ってました。
多くの居並ぶ関東武士達の前で大恥をかかされた長泰は上杉に反旗を翻し、それを見ていた武士達の間でも動揺が広がり10万の関東管領軍は内部崩壊に至り撤退へと追い込まれます。
まあ、たぶん来週冒頭でさらっと触れた後は、川中島モードでしょうが。








